検察証拠「大麻はなぜ怖いか?」(月刊化学)と福田医師の反論 2016年8月11日

 

  2009年5月号の「化学」(化学同人社)に、「大麻はなぜ怖いか?」という解説記事(以後「論文」)が掲載されている。
  山本医療大麻裁判で、検事は大麻の有害性の科学的証拠として、この論文を証拠申請した。

 

 


 

 

  福田医師はこの「論文」に反論を書き、それを逆に弁護側の証拠として申請しようとした。しかし検事は弁護側反論を証拠不同意にしたため、弁護側は「医師の証言が終わった今頃、こんな原稿を出してきて、しかも反論を許さないというのはおかしい」と強く抗議。裁判官は検察、弁護士双方の証拠申請を不同意として、何とかとりまとめたのだった。
  この記事は医学的論文というにはレベルが極めて低く、有害論にはこんな程度のものしかないという逆の証明になるため、弁護側としては双方の論文を証拠採用し、どちらが正しいか判断してもらいたかった。
  論文の内容はネズミ(マウス)に大麻を投与するとカタレプシーという身体の硬直症状が見られるというもので、大麻を投与されたネズミ(ラット)がほかのネズミ(マウス)を噛み殺して食べる共食い(ムリサイド)をするようになるという「実験」とともに、大麻の有害性を証明する実験として、数年前、テレビでも放送された。視聴者は、大麻は「おぞましい異常行動を引き起こす薬物」という印象を強く与えられた。
  しかし福田医師の反論を読めばわかるが、それらの実験は科学的とはとても言えないものである。
  「共食い」については書かれていないが、実験に使われたのはラットとマウスという異種の動物で、体重もラットはマウスの10倍以上ある。長期間、餌を与えられなかったラットがマウスを噛み殺して食べても通常の捕食行動で、トラが猫を殺して食べるのと同じレベルのことで驚くべきことではない。
  こんな詐欺に近い実験が、有害論として証拠採用されたり、マスコミで報道されるということこそ異常だ。
  「論文」(34ページ)には「大麻吸引者の体験記」を、フランスの作家ピエール・ゴーティエなどの作品から、引用している。「何分かたつとしびれたような感覚が全身を覆った。身体が溶けて透明になったような感じである。自分が飲み込んだハシシュ(大麻樹脂)を身体のなかにごくはっきりと見ることができた。それは無数の細かい閃光を発するエメラルドの形をしている。」
  「論文」は「このように大麻を摂取すると、その精神症状はさまざまな態様を示す」と解説している。
  作家の記述自体はおもしろいが、しかし文学者(芸術家)の作品を大麻の有害性の医学的根拠にもってくるのはどうか。作家の作品には創作や想像、妄想、幻覚、誇張、歪曲などが入っているのは常識である。
 芸術家の表現を医学的証拠にするのは、この論文の著者らには科学の基礎知識がないからではないかと思える。

 

  ほかにも次のような記述がある。
  「依存性についても、煙草とは異なる精神的依存とともにヘロインやコカインとは異なる身体的依存があると筆者らは考えている。大麻吸引を中止すると禁断現象として、ヒトでは不眠症、食欲不振、吐き気、悪心、(中略)などが報告されている。その証拠として、有名な小説家や俳優が大麻取締法違反で一度刑に問われたにもかかわらず、再びその罪を犯すなど精神的依存性のみならず、身体的依存性があるような行動も見られ、耐性や依存症が少ないとされる今までの報告がまちがいであることを示している。」
  一度刑に問われても再びその罪を犯すのは精神的・身体的依存性があるからだとは、少なくとも医学的には断定できない。違反者が、大麻は健康維持に役立ち、それを取り締まる法律が間違っていると考えている可能性が否定できないからだ(大麻の累犯は覚せい剤に比較して非常に少ないという事実があるが。)
  大麻の有害性について、医学的・科学的にまともな議論ができるような論文をだしてもらいたい。それが事実に基づいたものなら、医療使用にあたっての注意事項となり、有益である。(例:「大麻は吸うと眠くなることがあるので、自動車の運転は摂取後3時間はしないでください」)。
  マスコミは大麻の有害性について事実に基づいた検証をしないまま、当局の一方的情報で「大麻精神病による異常犯罪」と決めつけるようなことをすべきではない。大麻が精神病の原因になることは、「極めて大量に摂取した場合、精神疾患の原因となることはあるが、それも稀である(国連薬物犯罪事務所(UNODC))。また大麻を吸ったからといって攻撃的になることはない」というのが世界の医学的常識となっているのである。

 

  福田医師は国立がんセンターの研究医をしていたこともあり、プロフェッショナルな研究者とはどういうものかが、ひしひしと伝わってくる。

 

 

 


(以下福田論文 意見書として裁判所に提出されたが検察が拒否)

 

 

 

「化学」(2009 年5 月号31 頁~37 頁)の「大麻はなぜ怖いか?」の記事に関する意見書   福田 一典   平成28 年7 月11 日

 

 

 

1) 査読制度のない雑誌の論文は学術的価値が低い:

 

  論文の内容の評価においては、「査読のある論文」と「査読の無い論文」を区別することが通例である。
  査読制度とは、その領域の専門家の査読者(レフェリー)によって論文の内容について審査を行い、掲載(アクセプト)、修正後に掲載、再査読、掲載拒否(リジェクト)などの判定を行うものである。査読者から実験の不備や実験結果の解釈や考察の間違いなどが指摘されると、その学術雑誌には掲載されない。
  自然科学分野の研究者は、査読制度による審査を経て掲載された論文しか学術論文とは言わない。論文とは、あるテーマに関する研究成果を、証拠に基づき、論理的手法で書き記した文章を意味する。
  株式会社化学同人発行の「化学」は自然科学分野の研究者を対象にした商業雑誌であり、そこに記載された論文は株式会社化学同人の編集部から依頼された原稿であって、査読は行われていない。
  これらは論文ではなく、単なる科学記事やエッセイの類いである。
  そこに記載された内容が必ずしも正しいという保証はない。他の研究者の査読を経ていないからである。
  したがって、著者らの都合の良いことばかりを書いても掲載される。

  この記事の著者は大麻の毒性学を専門にしており、この記事においては大麻の精神作用を毒性学の観点からまとめている。
  医療大麻が様々な神経疾患に対して有用な効果を示すことが数多く報告されているにも拘らず、この点に何ら言及していないので、極めて偏向した内容になっている。

 

 

 

2) 毒性があっても医療目的での使用を禁止する理由にはならない。

 

  医薬品は基本的に毒性を有し、副作用のリスクを伴うものである。
  薬効(薬理作用)があるものは、治療に使う通常投与量の数倍を投与すれば、必ず毒性や副作用が出る。
  殺人にもしばしば使われるトリカブトの根は、漢方では附子(ブシ)という生薬名で頻用されている。このトリカブトの根に含まれるアルカロイドは強力な毒性を有し、薬効(鎮痛作用)を示す量の数倍の投与量で致死的な副作用を現す。トリカブトの根の毒性は、大麻の毒性より極めて高いが、効果の高い医薬品して使用されている。
  抗がん剤のように毒薬や劇薬に分類される毒性の強いものでも医薬品として認められている。
  したがって、大麻の毒性を証明しても、医療大麻の議論では何の意味も無いことである。

 

 

 

3) 薬効量の数倍の量を投与すれば副作用がでるのは当然のことである。

 

  この記事の図5のマウスの実験では体重1㎏ 当たり5mg のΔ9-THC(デルタ9-テトラヒドロカンナビノール)を投与している。
  人間の成人(体重60kg として)で300mg の投与量である。
通常のTHC の医療目的での投与量は10~20mg であり、大麻を大量に吸入した場合でも体内に吸収されるTHC は数十mg のオーダーである。
  この実験は静脈注射でTHC を投与している。静脈注射の場合は100%吸収され体内で作用する。
  人間でTHC を静脈注射で投与することは無い。通常の吸入や経口での投与では、投与した量の数%からせいぜい50%しか体内に利用されない。
  この記事の中には「大麻を喫煙するとデルタ9-THC の約1/5 が肺胞から吸収される(34 頁右段の19 行目)」と記述されている。吸入の場合の生体利用率は20%程度である。
  つまり、通常の人間の成人でのTHC の薬効量は数mg から10mg 程度である。
  したがって、このマウスの実験は人間の成人に通常の投与量(薬効を示す量)の30 倍以上を投与している実験である。
  例えていえば、成人に酒を一升瓶で5~10 本ほど飲ませた場合の量である。
  このようにマウスに大量にTHC を投与してカタレプシー(強硬症)が惹起されるから危険であると主張している。
  カタレプシーというのは、意識はあるものの、人間や動物がしばらくの間、不動の状態になる症状である。動物に大麻を過剰に投与すると、動かなくなり、不自然な形に固まってしまうというのは事実である。デルタ9-THC あるいはCB1 受容体アゴニスト(作動薬)を過剰に投与すると、運動機能の低下やカタレプシーが引き起こされる。
  
しかし、大麻の薬効を研究している研究者は、この作用が多発性硬化症の筋肉緊張による痙縮の軽減に有効に作用するメカニズムだと考えている。
  米国では現在、医療大麻の使用を許可している州のほとんどが多発性硬化症を適用疾患に含めている。
  多発性硬化症の他にも脊髄損傷や脳性麻痺など筋痙攣を伴う疾患があり、このような疾患にも大麻の効果が報告されている。多発性硬化症の症状の軽減に医療大麻が有効であることは多くの臨床試験で示されている。
  ナビキシモルス(Nabiximols)はデルタ9-テトラヒドロカンナビノール(THC)とカンナビジオール(CBD)をほぼ同量含む大麻抽出エキスを製剤化したもので、スプレーで口腔内粘膜から体内に取込む。1回のスプレー(100μl)中にTHC が2.7mg、CBD が2.5mg 含まれている。商品名サティベックス(Sativex)として多くの国で認可されている。
  つまり、人間でTHC を1回数mg から10mg 程度摂取すると筋肉のけいれんを抑制するという「有用な薬効」が得られ、その数十倍を摂取すれば、カタレプシーや運動機能の抑制という副作用がでるということである。
  薬効量の数倍以上を投与すると副作用が出るというのは薬理学の常識である。
  毒性学の立場からは過剰投与した場合の有害性を重視し、臨床薬学の立場は適切な量を投与した場合の薬効を重視するという視点の違いを認識する必要がある。

 

 

 

4) 大麻の毒性や有害性が低いことは最近の研究で証明されている。

 

  この記事の最後に『体内受容体としてCB1 およびCB2 が発見されたことから、近い将来に作用メカニズムがさらに明らかにされ、大麻乱用を断ち切る道も開かれるだろう』と記述している。
  確かに、この数年の間に大麻の研究が大きく進んでいる。しかし、筆者(山本郁男氏ら)の予想に反して、大麻の有害性はそれまで考えられていた以上に安全であることが明らかになり、それを根拠にして、米国やカナダなど世界各国で大麻の解禁が進行している。
  たとえば、最近(2016 年6月号)のJAMA Psychiatry で以下のような論文が報告されている。

 

Associations Between Cannabis Use and Physical Health Problems in Early Midlife: A Longitudinal Comparison of Persistent Cannabis vs Tobacco Users. (大麻使用と早期中年期の身体的健康問題との関連:大麻常用者およびタバコ喫煙者の縦断的比較)
JAMA Psychiatry. 2016 Jun 1. doi: 10.1001/jamapsychiatry.2016.0637. [Epub ahead of print]

 

  JAMA Psychiatry はJAMA(米国医師会雑誌)の精神医学関係の査読制の学術雑誌で、精神医学関係ではトップレベルの学術雑誌であり、信用度と影響度の高い雑誌である。
  この論文の結論は、『20年間にわたる大麻使用は,早期中年期における歯周病との関連は認められたが,他の身体的健康問題には関連していなかった。』とある。
  タバコ喫煙は肺機能や循環器や全身の炎症性疾患に重大な悪影響を及ぼしたが、大麻を20年間使用しても歯周病以外の健康障害は認められなかったと報告している。
  その他にも、大麻の有害性がアルコールやタバコより軽度であることを示す研究結果は数多く報告されている。
  この記事は大麻の依存性を問題にしているが、身体依存も精神依存もアルコールやタバコ(ニコチン)より軽いことが明らかになっている。
  提示された『化学』の記事には、『実験動物における大麻の作用は「興奮と鎮静と異常行動」だと言われている。一方ヒトでは多幸感とは反対に激しい不安感や妄想症、そして無意欲症候群などが付随することを忘れてはならない。それにより、最終的には大麻精神病になる』(36頁の右段の5~9行目)と記述されている。
  現在の精神医学では「大麻精神病」の存在は否定されている。上記の内容は憶測で書いたもので、根拠が示されていない。

 

 

 

5) この記事の内容は、大麻の有害性のみを主張している点で偏向している。

 

  「大麻がカタレプシーを惹起するから危険」という主張が、大麻の薬効を知った上でそれに触れずに、大麻の危険性のみを主張したのであれば、かなり偏向した内容と言える。
  もし、大麻の抗けいれん作用との関連を知らずに主張したのであれば、薬学者として無知と言わざるをえない。
  多分、前者であることは、次の事実から証明できる。
この記事が出版された同時期(2009 年)の科学研究費補助金研究報告書に以下のような報告書が存在する。

 

研究種目:若手研究(B)
研究期間:2008~2009 年
研究番号:20790149
研究課題名:大麻主成分の臨床適正使用に向けた予備薬学的基礎研究
研究代表者:竹田修三(第一薬科大学薬学部講師)
研究協力者:渡辺和人(北陸大学薬学部教授)、山本郁男(九州保健福祉大学薬学部教授)、山折大(北陸大学薬学部助教)

 

  この報告書に以下のような記述がある。
  大麻成分であるテトラヒドロカンナビノール(THC)は我が国では厳しい法規制下にあるが、欧米諸国では、がん患者の悪心・嘔吐予防などの目的で臨床使用されて
いる。このようにTHC はその有効性が認められており、一連の薬理作用はカンナビ
ノイド受容体(CB 受容体)を介した作用であることがしられている。
  本研究はTHC の臨床適正使用の確立を目的として、がん患者にTHC が投与される際、その優れた薬効と共に起こりうる副作用を未然に防ぐことを目的とした予防薬学的研究である。
  我が国における大麻研究者は極めて少ない。一方、国外に目を向けると、大麻研究者は多く存在する。海外でTHC を中心とするカンナビノイド医薬品の有効性が認識されつつある。
  この研究報告において、「化学」の記事の著者である山本郁男氏と渡辺和人氏は研究協力者になっている。つまり、この科研費の報告書は、山本郁男氏らが大麻の医療用途を認識していることを証明している。
  しかも、『THC はその有効性が認められており』『その優れた薬効』などと記述している。

 

 

 

6) まとめ

 

  この記事の著者らはTHC の医療効果を十分に認識しているにも拘らず、大麻を過剰に摂取した場合の有害性のみを言及している内容なので、医療大麻の議論には何ら参考にならない。毒性や有害性を持たない医薬品は存在しないからである。
  大麻の依存性や精神作用に関する記述は、著者らの思い込みで書いている部分が多く、根拠が極めて乏しく、現在の知見とかなり相違する。
  大麻反対の立場の偏向した考えをもった人が、査読制度のない商業雑誌に書いているだけである。
  検察がこのレベルの記事しか見つけることができなかったことは、むしろ大麻の有害性を主張する専門家が極めて少数であることを証明している。(以上)

 

 


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