平成27年特(わ)第2723号 大麻取締法違反被告事件
被告人 山本正光
冒頭陳述その2
平成28年6月6日
弁護人は、冒頭陳述その1で、下記事項について陳述したが、冒頭陳述その2において以下の事項について陳述する。以上をもって弁護人の冒頭陳述とする。
冒頭陳述その1で述べた項目
第1 被告人の病気及びその苦痛の深刻さ
1 被告人の病気
2 現代医療の限界
第2 被告人が大麻を使用するに至った経緯と使用状況
1 被告人の治療経過
2 被告人は事前に合法的な使用を模索したこと
3 医療目的の使用であったこと
4 被告人には他に選びうる手段がないこと
第3 大麻の医療的有用性
1 大麻の成分
2 大麻の作用メカニズム
3 医療大麻使用の正当性に関する医学的根拠
(1)「大麻とカンナビノイド 医療従事者向け」
(2)「がん治療のための医療大麻」
4 大麻の有用性に関する現代医学の常識
第4 世界各国の大麻規制の変化と現状
冒頭陳述その2で述べる項目
第1 大麻取締法の制定時における立法の合理性の欠如並びに同法第4条第2号・3号はその規制の必要性・合理性が全く存在していなかったこと
1 大麻取締法制定以前における日本での大麻の規制状況等
2 大麻は、古くから日本文化に根付き伝統行事などに欠かせないものであり、日本政府は大麻の栽培を推奨していたこと
3 大麻が民間医薬品として広く利用されていたこと
4 大麻取締法制定とGHQの要請
(1) GHQのメモランダム(覚書)
(2) 当時の日本政府の認識
5 大麻取締法第4条第2号・3号の規定経緯・理由
(1)第4条第2号・3号の法的意味
(2)第4条第2号・3号が規定された理由
6 小括
第2 最高裁昭和60年9月10日第一小法廷決定(①)及び最高裁昭和60年9月27日第一小法廷決定(②)の大麻の「有害性」肯定の正当性の喪失
1 両決定の要旨
(1)①の最高裁決定
(2)②の最高裁決定
2 両最高裁決定の原審の判断の正当性が失われていること
3 両最高裁決定当時の大麻の有害性に関する国際機関等の報告等を詳細に引用した裁判例の検証
4 裁判例が判示した大麻の有害性論の科学的根拠の喪失
ア 精神病を引き起こすかどうかについて
イ 自動車運転について
ウ 機械操作等の正確性と判断を必要とする作業に影響を及ぼすという点について
エ 「無気力、無感動となり向上心もかける」という点について
5 小括
第3 大麻取締法制定後、我が国においては、大麻の科学的研究成果に基づく見直しや検証がほとんどと行われてこなかったこと
第4 国際条約は、大麻の医療上及び学術上の研究を禁止していないこと
第5 国際機関等が大麻の医療研究を推奨していること
第6 各国における現状
第7 大麻使用による弊害(社会への害悪)の内容と程度
第8 薬の副作用と、大麻の有害性
1 東京高裁昭和55年(う)第989号
2 「デパス」の添付文書
3 ベンゾジアゼピン系の医薬品の添付文書
第9 モルヒネに代表されるオピオイド系薬剤の重篤な副作用
第10 臨床試験の禁止は合理性がない
第11 コンパッショネートユース制度と日本の現状
1 制度趣旨等
2 コンパッショネートユース制度の認知
3 日本における現状
4 小括
第12 憲法違反の主張
1 法令違憲、適用違憲
2 大麻取締法第3条1項、4条1項3号、第24条1項の違憲性
(1) 被告人の憲法上の権利
(2) 権利制限立法の合憲性判断の方法
ⅰ 生命、健康を維持する権利を制限する法令の合憲性判断とその基準
ⅱ 自己決定権を規制する法令の合憲性判断とその基準
(3) 検討
3 大麻取締法第4条1項の違憲性
4 本件における被告人の大麻所持の事情
第13 結論
以上
冒頭陳述その2
第1 大麻取締法の制定時における立法の合理性の欠如並びに同法第4条第2号・3号はその規制の必要性・合理性が全く存在していなかったこと
1 大麻取締法制定以前における日本での大麻の規制状況等
戦前の日本においては、第二阿片会議条約に沿った国内法を整備するため、昭和5年に麻薬取締規則が制定され、同規則において、モルヒネやコカインと 同様に「大麻」が規制対象となった。しかし、同規則において対象となった「大麻」は、「印度大麻草」であり、当時日本国内で栽培されていた「大麻」は規制 対象とはみなされていなかった。
なお、昭和18年に制定された旧薬事法においても「大麻」の規制は印度大麻草に限定されていた。
また、当時の日本において正規の用途以外に大麻が乱用されたという報告はなく、大麻は国民の保険衛生上の問題とはならなかった。
2 大麻は、古くから日本文化に根付き伝統行事などに欠かせないものであり、日本政府は大麻の栽培を推奨していたこと
大麻は古くから日本の主要農産品として欠かせないものであった。それだけでなく現在においても、神社のお祓い、大相撲の綱、結納における重要な品として用いられ、さらには、天皇即位の儀式にまで用いられている。
このように、大麻は、古くから日本の文化に深く根付いたものであり、日本の伝統行事には欠かせないものであった。
そのため、戦前の日本政府は、大麻の生産を大いに奨励したのである。
3 大麻が民間医薬品として利用されていたこと
戦前の日本において、大麻に薬理作用があることが知られており、古くから民間医療として、喘息や鎮痛・鎮痙・催眠剤などに利用されていた。
4 大麻取締法の制定とGHQの要請
以上述べたとおり、当時の日本においては大麻を取り締まる必要性・必然性は全く認識されていなかった。にもかかわらず大麻取締法が制定されたのは、GHQの要請に基づくものであった。
以下詳述する。
(1) GHQのメモランダム(覚書)
昭和20年10月12日、GHQより日本政府宛に「日本における麻薬の生産及び記録の統制」という件名のメモランダム(覚書)が出され、これを受けて日本政府の各省庁は省令や告示を発した。
同メモランダムの内容は次のとおりである。
1.麻薬の種子および植物の植栽、栽培、および、成育は、禁止する。すべての麻薬の種子および植物であって、現在植栽され、栽培され、および、 成育されているものは、ただちに廃棄されなければならない。廃棄されたものの量、廃棄の日時、方法、成育の場所・地域とその場所・地域の所有者名は、30日以内に、連合国総司令部に報告されなければならない。
2.何人の麻薬の輸入も、禁止される。ただし、連合国総司令部の許諾を得た場合は除く。
3.麻薬の輸出およびその製造は、禁止される。
4.アヘンであって、天然のもの、精製途中のもの、または、喫煙用のものはすべて、(また、)コカインであって、天然のもの、精製途中のもの、 (また、)ヘロインおよびマリファナ(学名-ラテン名、カンナビス・サティーバ)の在庫貯蔵は、すべて、本指令によって、停止され、その分離、破壊、使 用、または、販売、さらには、その記録を保存することは、禁止される。ただし、連合国総司令部の許諾を得た場合はこの限りではない。
以下、略。
(2) 当時の日本政府の認識
このように、GHQは、大麻を、阿片、コカイン、モルヒネと同様に厳しく規制し、完全な管理下に置おこうとし、日本政府はこの要請を受け、大麻を規制せざるを得なかったのである。
昭和25年3月13日の第7回国会参議院厚生委員会において、当時の薬務局麻薬課長は次のように説明している。
「大麻の取締りでありまするが、大麻は御承知の通り麻の繊維の原料植物であります。これは当初日本におきましては、大麻は麻薬の原料植物であると いうことを考えておらなかったのでありまするが、連合軍が進駐以来日本の麻を調べましたところ、これが取締りの対象になるものである。そういうような解釈 のもとで、先方よりメモランダムが出まして、これによって大麻取締法を制定しまして取締ることになったのであります。そうして、今までわが国におきまして は、大麻から麻薬をつくってこれを悪用する、あるいはこれを使用する、そういうようなことが全然なかったわけでありまして、現在もまたありませんのでござ います。しかしながら原料植物である大麻を大量に使いますと、麻薬をとることもでき得るわけでありますので、一応これを取締る必要はあるわけであります。」
5 大麻取締法第4条第2号・3号の規定経緯・理由
(1)第4条第2号・3号の法的意味
大麻取締法第4条第2号は、大麻から製造された医薬品を施用し、又は施用のため交付することを禁止している(昭和23年の同法制定時の規定)。また、同法第4条第3号は、大麻から製造された医薬品の施用を受けることを禁止する(昭和38年の同法改正時に追加)。
大麻の医療施用は、同法第2条第3項の「大麻研究者」であっても認められておらず、全面的な禁止条項となっている。
大麻取締法が、「大麻から製造された医薬品」の「施用」を全面的に禁止していることによって、大麻から製造される医薬品の研究開発において、動物を対象とする基礎研究はできても、人を対象とする臨床試験をすることは違法となる。
因みに、ヘロイン、コカインなど麻薬取締法で取締の対象となっている薬物については、大麻取締法における上記条項のような規定は存在せず、臨床試験をとおして医薬品となっている。
(2)第4条第2号・3号が規定された理由
ア 大麻を含む麻薬を厳しく規制、管理することがGHQの要請であったことは上述したとおりである。しかし、GHQの要請は、麻薬の医療利用を禁止するものではなく、ましてや、「大麻」のみを医療利用の禁止対象とするものでもなかった。
このことは、当時GHQの公衆衛生福祉局長であったサムスの著書の記載から明らかである。サムスはその著書の中で次のように書いている。
「 この指令に基づいて、1945年秋、かつて日本陸海軍が保持していたものでも、あるいは、民間の加工業者が保持していたものでも、未加工と半 加工をとわず麻薬全部が、占領軍によって保有されることとなった。・・・・・医療従事者が合法的に使用する麻薬の配分、調合のための報告と記録の体勢が確 立した。・・・・・麻薬配分の実施と取り締まりプログラムが数年かかってできあがったが、この取り締まりプログラムによって、GHQの監視の下で、未加工 あるいは半加工の在庫品を完成品に仕上げ、将来日本人が合法的に医療用として使用することが可能となった。」
イ つまり、GHQは、大麻をモルヒネやコカインなどの麻薬類と同等に厳しく管理することを要請したものであり、日本においてモルヒネ、コカイン、大麻等の医療利用を将来にわたり全面的に禁止するのが目的ではなかったのである。
また、日本においては、日本国産の大麻は、民間医療で喘息や鎮痛・鎮痙・催眠剤などに利用されており、一定の精神作用や薬理作用があるものの、有害とは見 なされていなかった。当時の国会審議においても「なぜこれまで農産物として栽培されてきた大麻を禁止しなければならないのかわからない」といった発言も見 られるほどであった。
このように、大麻については規制の必要性を認識していなかった日本政府が、なぜこのような規定を置いたのであろうか。その理由は、当時における国会の審議内容から明らかである。
昭和23年6月25日の第2回国会参議院厚生委員会において、大麻取締法第4条第2号に関する質問に対して、当時の政府委員は次のように説明している。
「 実は従前は、我が国においても大麻は殆ど自由に栽培されておったのでありますが、しかしながら終戦後関係方面の意向もありまして、実は時大麻 はその栽培を禁止すべきであるというところまで来たのでありますが、いろいろ事情をお話をいたしまして、大麻の栽培が漸く認められた。こういうようなこと に相成っております。しかしながらそのためには大麻から麻薬が取られ、そうして一般に使用されるというようなことを絶対に防ぐような措置を講ずべきである というようなこともありますので、さような意味からこの法律案もできております。その意味におきましては絶対に不自由がないとは申せませんと思いますが、 行政が運営をする上におきましては、さような点をできるだけ排除して、できるだけ農民の生産意欲を向上するように努めております。」
6 小括
GHQは当初、大麻には有毒な成分が含まれるとして全面禁止を要求していたが、日本政府は産業としての大麻を存続させるため、GHQ当局と交渉の結果、GHQが言うところの大麻の有毒成分を含む製品(つまり医薬品)の流通を厳しく禁止することにしたものである。
つまり大麻の医療使用の全面禁止は、産業用大麻を存続させるためのスケープゴートとされたのである。当時の日本においては、大麻には薬理作用があることが 知られており、民間医療や漢方で利用されており、健康と福祉の点から言っても問題にはならなかったにもかかわらず、医療利用は法的に禁止されたのである。
日本が医療利用を禁止しようとした大麻が「印度大麻草」などの外国産のものを想定していたとするならば、その目的に沿った規制をすべきなのであって、大麻 の医療利用を全面的に禁止した大麻取締法第4条第2号・3号の規定を置いたことは、何らの合理的な理由に基づくものではなく、立法根拠を欠くことが明らか である。
また、当時から害毒が甚大であると認識されていた阿片、コカイン、モルヒネ、ヘロインを規制する麻薬取締法(当時)ですら、医薬品としての使用が認められていたのであり、このことからも大麻取締法第4条第2号・3号の規定が不合理であることが明白となっている。
第2 最高裁昭和60年9月10日第一小法廷決定(①)及び最高裁昭和60年9月27日第一小法廷決定(②)の大麻の「有害性」肯定の正当性の喪失
1 両決定の要旨
(1)①の最高裁決定
ア 原審である控訴審の判断
原審は、「大麻は精神薬理的作用を有し、これを多量に使用するときは単なる感覚、知覚の変化に止まらず幻覚、妄想等を起こし、時として中毒性精 神異常状態を生ずることがあり、大麻の使用経験の浅い使用者については類似の症状が少量の使用によっても生じうることが国際機関等の公表された研究・報告 によって明らかにされており、大麻が人体に有害であることは公知の事実であって、所論のように大麻に有害性がないとか有害性が極めて低いものとは認められ ない」と述べ、控訴を棄却した。
イ 上記原審の上告審は、大麻が所論のいうように有害性がないとか、有害性が低いものであるとは認められないとして原審判断は相当であるから、所論は前提を欠くと判示した。
(2)②の最高裁決定
ア 原審である控訴審の判断
原審は、「大麻の有害性は、大麻取締法による大麻輸入の規制目的の正当性、その規制の必要性、規制手段の合理性を基礎づける事情であって、いわ ゆる『立法事実』に属するから、『判決事実』とは異なり、必ずしも訴訟手続における立証を要しない。したがって、手続の瑕疵はない」とし、つづけて「大麻 の有する薬理作用が人の心身に有害であることは、自然科学上の経験則に徴し否定できないことであり」と述べ、控訴を棄却した。
イ 上記原審の上告審は、上告趣意のうち、大麻取締法の規定違憲をいう点は、大麻が人の心身に有害であるとした原判決の判断は相当であるから、所論は前提を欠くと判示した。
2 両最高裁決定の原審の判断の正当性が失われていること
このように、両最高裁決定の原審は、「大麻が人体に有害であることは公知の事実である」とか、立法事実であるとした「大麻の有する薬理作用が人の 心身に有害であることは、自然科学上の経験則に徴し否定できない」と判断したが、現在においては、正当性が失われている。
このことについて、以下述べる。
3 両最高裁決定当時の大麻の有害性に関する国際機関等の報告等を詳細に引用した裁判例の検証
ア 東京高裁昭和55年(う)第989号の判示内容
同判決は、引用文献として「大麻及び薬物濫用に関する全米委員会の1972年報告」、「キャビナスの使用:WHO科学研究グループ報告(WHO ジュネーブ1971年)」を挙げており、特に精神作用が有害であると判断している。以下、大麻の有害性に関する判示部分を抜粋する。
「幻視、幻覚、幻聴、錯乱、妄想、分裂病の離人体験等をもたらす精神薬理作用がある」、
「長期常用により人格水準の低下が生ずること、すなわち無気力、 無感動となり向上心に欠けたり、判断力、集中力、記憶力、認識能力の低下をもたらす」
「自動車運転、機械操作その他微妙な精神運動上の正確性と判断を 必要とする作業に影響を及ぼし危険を招くおそれがあるが」
「このように大麻はその精神薬理作用そのものが個人や社会に有害 な影響を及ぼす」
イ 東京地裁昭和51年(特わ)第1415号の判示内容
同判決は、1976年のWHOレポート「大麻の使用」と1977年の「マリファナ及び薬物乱用に関する国家委員会第1報告『マリファナ誤解の兆 し』」に基づき、「多幸感」、「ある程度の知覚や感覚の変化」、「著しい感覚の変容」、「離人化(自我喪失)」、「幻視及び幻聴」、「鎮静と睡眠」、(大 量に摂取した場合)「急性中毒症状(偏執思考、錯覚、幻覚、人格喪失、妄想、混乱、精神不安定及び興奮)」、ときには「せん妄、見当識障害、著明な意識の くもりなどの中毒性精神病の様相を呈することもある。これらの急性症状は一時的なもので、殆どの場合2~3時間で消失するが、数日間続くこともある」など と判示している。
4 裁判例が判示した大麻の有害性論の科学的根拠の喪失
しかしながら、上記裁判例が判示した大麻の有害性は、もはや科学的根拠はほとんどない。裁判所により、有害であるとして現在でもしばしば取り上げるのは、大麻の精神薬理作用である。そこで、この点について詳細に検討する。
ア 精神病を引き起こすかどうかについて
厚労省のホームページにその訳文が掲載されている国連薬物犯罪事務所(UNDOC)世界薬物報告書(2006年)第2章「精神的障害」の項には次のような記載がある。
「大麻の急性の影響に関しては、大量に使用した場合には、呼吸困難(英語原文には記載はないが)、パニック、妄想、「大麻精神病」を引き起こす可 能性があることが明らかである。1997年に、WHOは、このような障害が実際に生じるかどうかについてさらなる調査による証拠収集が必要であることを明 らかにした。しかし、最近の研究から、大麻を極めて大量に服用すると、軽い精神障害を引き起こすが、このような状況は極めてまれであることが判明した。こ れとは対照的に別のレポートでは、大麻使用者の中で、大量使用後に精神障害を含む一時的なマイナス効果を報告した人がかなりの割合に達することが明らかに されている。」
つまり言い換えると、「大麻:健康上の観点と研究課題」(WHO報告書1997年)は、「大麻精神病」を引き起こす可能性を指摘していたが、実 際に生じるかどうかさらなる調査をしたところ、いずれも大量に使用した場合であり、しかも、軽い精神障害を引き起こすことも極めてまれであるという結論に 達したのである。「大麻精神病」の定義は確立されておらず、大麻により引き起こされる精神病及び類似の症状だとすれば、その症状も極めて大量に使用した場 合に軽い精神障害がでる程度だと言える。
また、報告書は、大麻の大量使用後に一時的なマイナス効果を報告した人がかなりの割合に達することが明らかにされていると記載されているが、こ れはいわゆるバッド・トリップと呼ばれるもので、不安や心配などが強くなるが、上記引用文中にも書かれているとおり、一時的なものにすぎず、大麻の精神作 用がなくなれば消える症状に過ぎない。なお、マイナス効果を報告した人の中にどの程度「精神障害」が出た者が含まれているかについても上記報告書では明ら かにされていないことから、これをもって「大麻精神病」がかなりの割合に達すると評価することなどできないことは当然のことである。
イ 自動車運転について
自動車の運転については、生理学的に限定して見た場合、大麻の使用により運動機能が低下することから危険性が高まる恐れはある。
しかし、上記報告書は、「影響は服用量に関係するが、しかし、経験者でも少量(THC5-10㎎)の服用で影響が現れることもある。しかし、こ の障害が運転に影響を与えるかどうかについては意見が分かれており、大麻による酩酊状態にある人は、自分の状況を認識しているので、その分、慎重に運転す るという意見もある」としている。
実際、アメリカで大麻が合法化されたコロラド州やワシントン州では、合法化により交通事故死が増えることはなく、逆に減少しているのである。
ウ 機械操作等の正確性と判断を必要とする作業に影響を及ぼすという点について
この点については、飲酒も同様であり、大麻の精神効果の影響下にある場合には機械操作を行わないことによって危険を避けることができる。
エ 「無気力、無感動となり向上心もかける」という点について
これは、「大麻:健康上の観点と研究課題」(WHO報告書1997年)においては、無機動症候群とも取れるこれらの症状郡を有害とは挙げておらず、その記載もない。
また米国医学研究所(IOM)の報告においても、無機動症候群は根拠はないとされている。
5 小括
このように、両最高裁決定が依拠したと考えられる上記裁判例で引用されている国際機関の報告書は、その後の国際機関における研究と報告において、 医科学的根拠がないものとなっているか、過大に表現されているものが多い。上記両最高裁決定の大麻の有害性は、もはやその正当性は失われ、最高裁は再考を 求められている。
第3 大麻取締法制定後、我が国においては、大麻の科学的研究成果に基づく見直しや検証が、ほとんど行われてこなかったこと
大麻の有用性については、国際的な医科学的研究が行われ、1970年代以降言われてきたような強い有害性はないとの報告が多くだされている。
しかし我が国においては、当局の大麻規制を正当化するための有害性論が多く、中でも、麻薬覚せい剤乱用防止センターの情報は、医科学的常識からはずれたものが多い。
麻薬・覚せい剤乱用防止センターホームページの大麻の有害情報が、医科学的な根拠が薄弱であることについて、「大麻:健康上の観点と研究課題」(WHO 報告1997年)及び米国研究所の報告「大麻と医学」(IOM報告1999年)に基づき検討したところ、添付文書のような結果を得た。その一部を下記に引 用する。
同ホームページでは、大麻について、
「心拍数は50%も増加し、これが原因となって脳細胞相互の伝達に重要な役割を持つ小さな髪の毛状に伸びた脳細胞の細胞膜を傷つけるため、脳障害が発生します。」
「脳に対して;
心拍数が50%も増加し、これが原因となって脳細胞の細胞膜を傷つけるため、さまざまな脳障害、意識障害、幻覚・妄想、記憶力の低下などを引き起こします。また、顕著な知的障害がみられます。」
これらの記載によれば、大麻を摂取することによって脳細胞が傷つけられ、脳障害や知的障害が起きるということになる。
しかし、「大麻:健康上の観点と研究課題」(WHO報告1997年)には、
「上述の認知機能における長期的な大麻使用の影響の再調査で、脳機能障害のかすかな徴候の存在が明らかになった。しかし、これらは、持続する大麻中毒の証 拠(退薬症候)とも、あるいはニューロンにおける永久的な構造上又は機能上の損傷の徴候とも、解釈が可能だった。これまでの証拠では、上記二つの可能性に 関して明確な結論を許容しない。大麻常習者の脳内の著しい解剖学的変化という当初の主張は、人間と霊長類のいずれについても、高解像度コンピュータ断層撮 影法を用いた後の研究でも立証されていない」
とある。
また、麻薬・覚せい剤乱用防止センターは「踏み石理論」「ゲートウェイ・ドラッグ理論」をとなえ、大麻を経験することで覚せい剤やヘロインなどのより 強いドラッグへの使用が助長されると主張してきた。これらの理論はわが国の大麻規制の根拠のひとつとされてきた。しかしこの理論には医学的な根拠がないこ とを、米国医学研究所の報告書が、次のように明らかにしている。
「大麻の使用が他の薬物の乱用を引き起こす因果を示す確定的な証拠はない。また、仮に薬物の連鎖を示すデータがあったとしても、医療使用の場合にそれ をそのままあてはめることはできないという点に注意しなければならない。処方箋によって医療利用ができるようになっても、違法使用の場合と同じパターンが 繰り返されるわけではない」(6頁)、「大麻の生理学的な特性が踏み石として働くという証拠はない。」(99頁)、「むしろ、大麻の置かれている法律的状 況がゲートウェイ・ドラッグにしてしまっている側面がある」(99頁)、「大麻の使用が他の薬物の乱用を引き起こす、それどころかその前兆となるというこ とを示す証拠すらない。」(101頁)
なお、麻薬・覚せい剤乱用防止センターは、厚生労働省の管轄下にあり、同センターのホームページ上の大麻の有害情報の記載は、厚生労働省からの委託に基 づくものである。厚生労働省は同センターの情報を行政文書として使用し、その内容は警察、裁判、行政、教育など幅広い分野において現在においても広く使用 されている。
第4 国際条約は、大麻の医療上及び学術上の研究を禁止していないこと
1961年に採択された国際条約「麻薬に関する単一条約」は、その第2条の5において、「医療上及び学術上の研究(締結国の直接の監督及び管理の下 にまたはこれに従って行われる臨床試験を含む)にのみ必要なこれらの薬品の数量については、この限りではない」として、大麻の医療と学術上の研究について は、規制から除外している。
第5 国際機関等が大麻の医療研究を推奨していること
「大麻:健康上の観点と研究課題」(WHO報告書1997年)においては、大麻に医療効果があることが認められており、さらなる研究が推奨されている
同報告書は、人体にエンド・カンナビノイド・システムとカンナビノイド受容体があることを確認し、がんの化学療法における吐き気の緩和やエイズ患者の食欲 増進などに効果があることを認め、さらなる研究を推奨している。つまり、カンナビノイド受容体の発見は大麻の医薬品としての可能性を明確にしたのである。
このWHOの報告書は、20年近くも前に出されたものであるが、国際社会は、このWHOの推奨に従う形で、大麻の医療研究を進めているのである。
さらに、国際麻薬統制委員会(INCB)は2009年の報告書(厚労省訳)で、「国際麻薬統制委員会はこれまでの報告書に記載されているとおり、大麻およ び大麻抽出物の医療的な有効性に関する健全な科学的研究が実施されることを歓迎し、その研究結果を利用できる場合は、それらを国際麻薬統制委員会、WTO 及び国際社会と共有するようすべての関係する政府に求めている」としている。
また国際麻薬統制委員会は、大麻の規制に関しては、条約国が憲法および関連法規を優先させることを認めており(subject to constitutional and related regulations )、条約国の憲法が国民の人権擁護という観点から医療大麻を合法化することの根拠になっている。
小括
1985年、最高裁は大麻の医療使用全面禁止を含む大麻取締法を合憲とした。しかし大麻に関する有害性と医療的有用性に関する知見は、1985年をはさんで大きく変化しており、最高裁は再考を求められている。
第6 各国における現状
アメリカでは、1970年、規制物質法が制定され、大麻はスケジュールⅠの範疇に入れられ、乱用の危険性はあるが医療的有用性はないとされてきた。
しかしながら、1990年代に入って、エイズ、がん、難病患者らからの大麻の医療利用に関する要望は根強く、州民投票で大麻の医療利用を合法化する州が増え、連邦政府の対応にも変化が表れた。
2009年のオバマ政権の発足に伴い、医療用マリファナを合法化した州への連邦政府の対応が変化した。同年3月、オバマ大統領の意向を受け、連邦司法長官と連邦麻薬取締局長は医療用マリファナ取締りの停止を発表した。
さらに、同年10月には、連邦司法省はマリファナの取締りに関する連邦の方針についての覚書を発表した。その内容は、連邦の人員や予算を合理的・効率的に 使用するため、マリファナ規制については重大な取引や大規模な組織犯罪を優先すべきであり、医療用マリファナの使用は、個人的なものであり、各州の法令を 遵守しているものであれば積極的に取り締まる必要はないというものであった。
戦後、日本に厳しい大麻規制を押しつけてきたアメリカにおいて、2016年2月現在、23州(50州の半数)で医療大麻が合法化されているのである。
ヨーロッパ諸国では大麻の非犯罪化がすすみ、また国境検査を廃止するシェンゲン条約に基づき、患者は合法国から入手できるため、医療大麻に関しては実質的に合法化されていると言える。
ドイツでは2017年には医療大麻を正式に合法化することを決めている。
カナダでは医療大麻は合法化されており、カナダ新首相は2017年には嗜好目的の大麻を含めて全面的に合法化するとの政策を明らかにしている。
先進8カ国(G8)諸国のなかで、医療大麻を禁止しているのは我が日本だけである。
第7 大麻使用による弊害(社会への害悪)の内容と程度
大麻の使用によって人格が凶暴になるということはなく、その使用によって他者加害の危険はない。また、嗜好目的の大麻を使用することによって犯罪が増えるということもないのである。
このことは、平成26年に医療だけではなく嗜好用大麻も合法化した、アメリカのコロラド州の状況から明らかである。
同州の報告によると、デンバー市の暴力犯罪と盗犯数は、平成25年の最初の11ヶ月に比べると、平成26年の11ヶ月は2.2パーセント低下した。 同期間におけるデンバー市の強盗犯発生数は9.8パーセント、すべての盗犯は8.9パーセント低下した。また、交通事故死についても、平成26年の最初の 11ヶ月には、平成25年の最初の11ヶ月に発生した449人の交通事故死に比べて3パーセント減少しているのである。
第8 薬の副作用と、大麻の有害性
1 大麻の精神的有害性について、上記東京高裁昭和55年(う)第989号は、「幻視、幻覚、幻聴、錯乱、妄想、分裂病用の離人体験等をもたらす精神薬理作用がある」とし、「その精神薬理作用そのものが個人や社会に有害な影響を及ぼす」としている。
このような、大麻の精神的有害性が誇張されたものであることは上記第3で詳細に述べたところである。仮に、これらの症状が発生するとしても、医薬品として全面禁止するほどのものであるのか。
2 一般的な精神安定剤として広く処方されている「デパス」の添付文書には、「重大な副作用」として次のような事が記載されている。
「依存性(頻度不明):薬物依存を生じることがあるので、観察を十分に行い、慎重に投与すること。また、投与量の急激な減少ないし投与の中止により、 痙攣発作、せん妄、振戦、不眠、不安、幻覚、妄想等の離脱症状があらわれることがあるので、投与を中止する場合には、徐々に減量するなど慎重に行うこと」
添付文書の重大な副作用の1番目に幻覚・妄想が記述されていることからして、発生頻度が高いことがわかる。
3 また、ベンゾジアゼピン系の医薬品は、離脱時に幻覚・幻聴が起こる事が添付文書に記述されており、副作用として興奮、錯乱、酩酊などの精神症状が出 ることも記述されている。しかしながら、ベンゾジアゼピン系の医薬品の代表格である「リーゼ」は処方箋薬として病院で広く処方されている。
第9 モルヒネに代表されるオピオイド系薬剤の重篤な副作用
被告人が医師から施用を受けていたオピオイド系疼痛治療薬である「オキノーム」、「オキシコンチン」には、嘔吐、頭痛、不眠、不安、せん妄、痙攣、錯乱、気管支痙攣、肝機能障害等の重篤な副作用がある。
アメリカの2010年のデータでは、1年間に3万8329人が医薬品の過剰投与で死亡しており、その最も多い原因はオピオイド系鎮痛剤であり、その 年間死亡数は1万6651人である。オピオイド系鎮痛剤の過剰投与による死亡がこの10年以上にわたり年々増加しており大きな問題となっている。
実際に、平成28年5月16日、被告人は、酷い腹痛、脇腹の痛みに襲われ、オキノームを6包服用したが、それでも痛みがおさまらなかったため、さらにオキシコンチンも服用した。その2時間後、被告人は呼吸困難に陥り、病院に搬送されたのである。
第10 臨床試験の禁止は合理性がない
1997年のWHOの報告は20年近く前に出されたが、国際社会はWHOの推奨に従う形で、医療研究をすすめてきた。(1998年、アメリカIOM報告など多数)。
先進諸国(G8)ではわが国だけが、医療使用と研究に道を閉ざしている。
厚労省は「現時点では大麻を使用した場合の有害性を否定できないと考えております。このような状況下において、わが国において人に投与する医療大麻の研究・臨床試験を認める状況にはないのではないかと認識している。」と答弁した。
しかし、すべての医薬品には副作用などの有害性があるが、有害性を前提に、有害性より有用性が大きい場合、有害性を抑制しつつ、その有用性を利用するものであることは医学的常識である。有害性があるから医療使用・臨床研究を認めないというのは理由にならない。
また、大麻の医療利用については「研究段階」「研究中」であるので、大麻を人に投与する臨床試験を禁止しているという論もある。
人を対象とした臨床研究は、被験者の安全に注意しつつ、第1相から第3相まで医学的な手順を踏んで行うもので、それにより有用性や有害性、安全性について調べるものである。通常、医薬品はこの臨床試験を踏まえて、患者が使えるようになる。
大麻の医療利用に関しては、1948年に制定された大麻取締法第4条で臨床試験を不可能にしておきながら、一方で「有害性がある」「研究段階」だから臨床試験を禁止しているというのは論理的に破綻している。
医薬品の承認には一定の基準があるが、臨床試験を行わないとする場合にも基準がなければならず、この点において厚生労働省は説明責任がある。
第11 コンパッショネートユース制度と日本の現状
1 制度趣旨等
コンパッショネートユースとは、直訳すると「人道的使用」という意味である。これは、重篤な疾患や身体障害を引き起こすおそれのある疾患を有する患 者の救済を目的とした制度であり、代替療法がない等の状況において未承認薬の使用を認める制度である。この制度は、患者の憲法的権利に基づいたものである と考えられる。
アメリカのコンパッショネートユース制度について、FDA長官を務めたエッシェンバッハ医師は、この制度に関して次のように述べている。
「がんを専門とする医師として、私は医学的に非常に絶望的な状況にある患者の相談にのることがある。私は承認された治療が尽きた時に、絶望的な疾患の 患者は、ベネフィット(利益)をもたらすかもしれなく、現段階で容認できないリスク(危険)が示されていない、理にかなったあらゆる治療にアクセス(接 近)したほうがいいと考えている。」
2 コンパッショネートユース制度の認知
この制度は、現在では、アメリカ、EU諸国、カナダ、オーストラリア、韓国など、多くの国で実施されている。「医薬品についての欧州政策」には、「治療法が尽きた患者には、正式の承認に先立ち、未承認薬の人道的供給が保証されなければならない」と記載されている。
3 日本における現状
コンパッショネートユース制度については、日本でも長らくその必要性が言われており、厚生労働省は、平成27年には、「医療上の必要性の高い未承認薬 の例外的使用」(厚生労働省ホームページ)について制度化した。この制度は、医薬品としての通常の承認プロセスより、他に治療法がない患者を、人道的な観 点から例外を認めて治療を優先させるという点で、アメリカやヨーロッパのコンパッショネートユース制度に近い。
厚生労働省は同制度を次のように定義している。
「患者申出療養は、未承認薬等を迅速に保険外併用療養として使用したいという困難な病気と闘う患者さんの思いに応えるため、患者さんからの申出を起点と して、安全性・有効性等を確認しつつ、できる限り身近な医療機関で受けられるようにする制度です」厚生労働省ホームページ)。
厚生労働省は、広く患者からの要望に応えるため、患者申出療養制度を作り、患者の要望を募集している。
この制度の対象となる患者と疾患は、次のような場合とされている。
① 適応疾病の重篤性が次のいずれかの場合
ア 生命に重大な影響がある疾患(致死的な疾患)
イ 病気の進行が不可逆的で、日常生活に著しい影響を及ぼす疾患
ウ その他日常生活に著しい影響を及ぼす疾患
② 医療上の有用性が次のいずれかの場合
ア 既存の療法が国内にない
イ 欧米等の臨床試験において有効性・安全性等が既存の療法と比べて明らかに優れている
ウ 欧米等において標準的療法に位置づけられており、国内外の医療環境の違い等を踏まえても国内における有用性が期待できると考えられる
これらの条件は、すべて被告人にあてはまるものである。
しかし、日本では大麻取締法第4条2号・3号により医療用使用が明確に禁止されているため、患者が要望しても大麻の医療目的使用が検討される可能性は 全くない。これまで述べてきたとおり、大麻が末期がんや難病、難治性の疼痛に効果があり、依存性、耐性上昇が小さく、実質的な致死量がない安全な医薬品で あることは、海外では常識になっている。医療効果についての国際的研究報告も数多く存在しているのである。
大麻取締法第4条により、大麻をこの制度の適用外とすることは、大麻を治療に用いたいという患者の幸福追求権、生存権などを保障した憲法に違反し、非人道的なものである。被告人にはこの制度の恩恵を受ける権利があるのである。
4 小括
この制度は人道的見地から作られたものであり、国民が等しくその恩恵を受けられるべきである。にもかかわらず、国民の中にその恩恵を受けられないばかりか、依然として法的制裁を受ける恐れがある患者がいるという事実は、この制度の根幹を揺るがすものである。
厚生労働省は、大麻による治療を求める患者の声にこたえて、同制度により大麻の治療を検討する必要がある。
第12 憲法違反の主張
1 法令違憲、適用違憲
大麻取締法は、憲法に違反している(法令違憲)。
① まず、今回、被告人に適用される大麻取締法第24条1項、同法第3条1項は、憲法第13条、同第25条に違反している。
② つぎに、被告人に適用されてはいないが、後述するとおり、被告人が適法に大麻を用いた医療を受けることを禁止している大麻取締法第4条1項3号は違 憲であり、医師が大麻を医療用に施用することを禁止する同法同項2号も違憲であるところ、被告人は治療にあたるべき医師に代わって、その違憲を主張する。
また、仮に大麻取締法3条1項、4条1項2号、3号、24条1項の規定そのものが憲法違反であると解せないとしても、本件のように生命、健康の維持という医療目的により大麻を所持した場合には同法3条1項、24条1項は適用されるべきではない(適用違憲)。
以下、順に詳述する。
2 大麻取締法第3条1項、4条1項3号、第24条1項の違憲性
(1) 被告人の憲法上の権利
日本国憲法第13条は、いわゆる幸福追求権を保障している。25条は生存権という形で幸福追求権の実現を保障している。
この幸福追求権は、当然ながら国民自身の生命、健康を守る権利を内容としている。それ故、国民の生命、健康を維持する行為を国家が禁止することは、憲法 13条の幸福追求権を侵害することになる。もちろんこの権利の保障も同条が規定するとおり、「公共の福祉に反しない限り」という留保が付されているのであ り、本件に即していえば、被告人の生命、健康を守るために大麻を使用する権利を公共の福祉を理由に制限することができるか否かという問題となる。
また、幸福追求権は人格的自律権(自己決定権)なる権利を含むとされる。すなわち、一定の個人的事柄について、公権力から干渉されることなく、自ら決定 することができる権利(佐藤幸治)である。そして、この自己決定権には、医療等個人の人格的生存にかかわる重要な私的事項を公権力の干与・干渉なしに各自 が自律的に決定できる自由が含まれるとされる(芦部信喜)。
この権利は、プライバシーの権利から派生するとされ、その意義は、「ひとりで居させてもらいたいという権利」とされているが、これは、何もしないことを 保護しているのではなく、「人に迷惑をかけない限り、自分のしたいことをできる権利」という意味で、本来的に「自己決定権」と呼ばれるべきものである。
日本国憲法の定められたこの自己決定権は、当然に、他人に迷惑をかけない限り、適切な医療を選択し、これを受ける権利を含むといわなければならないの は、憲法第13条が、「生命、自由…に対する」権利を保障していること、並びに、憲法第25条が、国民の健康的な生活を保障していることから、明らかであ る。本件に即していえば、被告人が大麻摂取という医療を選択し、これを受けるということが、自己決定権の範囲に含まれるか否かという問題となる。
これらの権利の重要性は論じるまでもないことであるが、ポルトガルのリスボンにおける世界医師会の第34回総会で採択された「リスボン宣言」において患者の権利が11項目に分けて列挙されており、その中に良質の医療を受ける権利、尊厳に対する権利がある。
以上のとおり、生命、健康を維持する権利、医療における患者の自己決定権が憲法13条、25条により保障されていることは明らかである。
(2) 権利制限立法の合憲性判断の方法
次に、憲法によって保障された生命、健康を維持する権利、適切な医療を選択し、これを受ける権利(自己決定権)を制限する立法の合憲性判断をどのようにするかということを明らかにする。
制限される権利が、これらの生命、健康を維持する権利、自己決定権という個人の尊厳にかかわる権利であることから、これらの権利は憲法上最大限保障されなければならず、公共の福祉による制限の可否は厳格に判断されなければならない。
ⅰ 生命、健康を維持する権利を制限する法令の合憲性判断とその基準
生命、健康を維持する権利を制限する法令の合憲性判断においては、公共の福祉による権利の制限を正当化するに足りる事実、すなわち立法事実が明らかにさ れなければならない。この立法事実は、本件においては、①大麻取締法の目的である大麻の使用による弊害から国民衛生を守るという必要性を支える事実の存在 ―すなわち大麻の使用が、国民の公衆衛生に重大な害悪を及ぼす事実の存在、②その害悪が大麻の使用により得られる医療効果を上回るものであること、③採用 された規制手段が同一の目的を達成しうる他の方法と比較してより制限的でないこと、ということがなければならない。
本件のように国民の生命、健康の侵害が問題にある事案においては、立法裁量論は全く妥当しない。これまでの大麻裁判で問題とされたような嗜好品としての 大麻の使用が許されるべきか否かという問題は、それを許す場合に想定される弊害とを政策的に判断して決める事柄であり、立法裁量の範囲が広範であると言え よう。
しかし、本件のように制限される利益が生命、健康という重大な人権の場合には、上述の①ないし③の立法事実の有無が厳格に審査されなければならない。こ の点については、生命、健康の規制よりは緩やかな要件で規制が許されると解されている経済的自由の規制に関する事件である薬事法に基づく薬局の適正配置規 制に関する判決(最高裁昭和50年4月30日・民集29・4.572)やネット販売を禁止する薬事法の規定の合憲性に関する判決(民集67.1.1)など において、慎重に立法事実が検討されていることからも明らかである。
ⅱ 自己決定権を規制する法令の合憲性判断とその基準
自己決定権を規制する法令の合憲性判断は以下のとおりである。
何が国民にとって適切な医療であり、なにより、その医療が「他人に迷惑をかけない」ものであるか否かは、憲法第98条(憲法尊重擁護義務)を受けた、国会が第一義に(ファースト・チョイスとして)裁量するべきものであろう。
かかるために、国会は、医師法、薬事法等を定め、何が適切な医療(治療)であるか、また、その医療(治療)を利用する際に他人に迷惑をかけない方法にはいかなるものがあるかの基準を定めたうえで、主務官庁を厚生労働省として、適切な医療(治療)の管理を行っている。
しかし、厚生労働省の許認可権といえども、過ちを免れないことが近時明らかになっている。いわゆる肺がんの治療薬であるいわゆるイレッサの使用許可について、国民の医療を受ける権利を尊重した許可がトラブルを起こしたことは、耳目に新しい。
さらに、海外で許可された薬品を、厚生労働省の許可を経て、(日本国内での許可がなくても)輸入できる制度を設けたが、これも、厚生労働省が予測した以 上の死者を出すなど、決して、厚生労働省による許認可こそが、「医薬品、医薬部外品、化粧品、医療機器及び再生医療等製品(以下「医薬品等」という。)の 品質、有効性及び安全性の確保並びにこれらの使用による保健衛生上の危害の発生及び拡大の防止安全な薬品を供給」(薬事法第1条)しているとは、到底言え ない状況にある。
かかる場合には、国民としては、「他人に迷惑をかけない」範囲で、自らの危険において、自らに必要かつ安全と信ずる治療法を使用することができなければ、憲法に定められている適切な医療を受ける権利が満たされているとは言えないといわれるべきである。
そこで、自己決定権を制限する法令の合憲性判断は、①大麻摂取が適切な医療の一つといえるか、②医療用に大麻を使用することの有用性が社会全体に与える害悪を上回っているか、という比較衡量の方法に基づいて行われるべきものである。
(3) 検討
上記の視点に立って大麻取締法の合憲性を検討するが、この検討にあたって明らかにされなければならない事実は以下のとおりである。なお、各項目の詳細は別の項で論じるところである。
なお、既に述べたところであるが、本件で問題とするのは、あくまで医療目的での大麻の使用、所持を禁止する規定の合憲性であり、嗜好としての大麻の使用は問題としていないことである。
すなわち、医療目的としての大麻の使用、所持の社会的許容性を問題とするのであり、医薬品としての許容性の議論をパラレルに論じなければならないという ことである。すでに述べたとおり、医薬品においても深刻な副作用がありながらも、その有用性との比較衡量において、使用が許容されているのである。そこ で、大麻においても、ただ単に有害性があるというだけの理由で使用の禁止が正当化されるのではなく、有用性との比較衡量が必要であり、その比較衡量は医薬 品における比較衡量と同じ基準でされなければならない。
(検討・考慮すべき項目)
ⅰ 大麻取締法の立法経緯(立法の合理性が薄弱であったこと)
ⅱ 同法制定後、科学的研究成果に基づく見直しがなされなかったこと
ⅲ 国が規制根拠としている理由の当否
単一条約の内容
条約と憲法の優劣
1997年WHOの報告の趣旨
ⅳ 大麻の使用による弊害(社会への害悪)の内容と程度
ⅴ モルヒネその他の承認薬の副作用やアルコールやたばこの社会的害悪の甚大性および大麻との比較
ⅵ 大麻の医療効果(現代医療では対応できない疾病の治療効果)
ⅶ 大麻の医療効果の認められる疾病の苦痛の深刻さ
ⅷ コンパショネットユース制度の認知
ⅸ 医療目的での使用と濫用の防止の可能性
生命、健康を維持する権利を制限する法令の合憲性判断
この場合における立法事実である、
大麻取締法の目的である大麻の使用による弊害から国民衛生を守るという必要性を支える事実の存在―すなわち大麻の使用が、国民の公衆衛生に重大な害悪を及ぼす事実の存在、
その害悪が大麻の使用により得られる医療効果を上回るものであること、
採用された規制手段が同一の目的を達成しうる他の方法と比較してより制限的でないこと、
という要件に即して検討する。
①について
ⅰ、ⅱ、ⅲの事実からして、立法目的の正当性は極めて薄弱である、
②について
ⅳ、ⅴ、ⅵ、ⅶ、ⅷの事実からして、遙かに医療効果が上回る
③について
ⅳ、ⅴ、ⅵ、ⅶ、ⅸの事実からして大麻の使用全てを禁止することは過度に広汎な規制であり、合理性を有しない
よって大麻取締法の上記条項の合憲性を支える立法事実が認められない。
自己決定権を制限する法令の合憲性判断
この場合における立法事実である、
大麻摂取が適切な医療の一つといえるか、
② 医療用に大麻を使用することの有用性が社会全体に与える害悪を上回っているか、
という要素に関して検討する。
①について
ⅴ、ⅵ、ⅶから明らかに認められる。
について
ⅳ、ⅴ、ⅵ、ⅶ、ⅷから明らかに認められる。
被告人については、すでに述べたとおり、悪性腫瘍(いわゆるガン)に伴う疼痛治療を主たる理由として、最も安全な疼痛緩和手段である大麻による治療を行おうとして、本件の事態となったものである。
しかし、すでに大麻について縷々指摘した通り、疼痛緩和剤としては、副作用がほとんどないという意味でもっとも安全であり、習慣性がないという意味で「他 人に迷惑をかけない」ものでありながら、ただ、厚生労働省による許認可を受けていないという1点をもって、その使用のための所持について刑事罰を受けるべ きであるとされているものである。
もちろん、その大麻による治療が、その治療を実施した本人以外の者に害を与える場合には、当然のことながら、これを規制しなければならない。
しかし、その治療を実施した本人以外の者に害を与えないのであれば、反対に、これを許さなければならない。本人以外の者に害を与えない治療についてまで、これを規制することは、上記に述べた適切な治療を選択実施できる権利を侵害するからである。
しかも、大麻治療を行うためには、大麻を所持しなければ、これを行うことができないものである。
以上から、被告人に対して、大麻の使用を禁ずる大麻取締法第3条1項、第4条1項3号、24条1項は、憲法に違反し、無効であるといわなければならない。
3 大麻取締法第4条1項の違憲性
上記のとおり、被告人には、大麻治療を自ら行うという憲法上の権利が保障されており、大麻治療のための大麻所持もこれを許されるべきことが明らかであると いわなければならない。そのため被告人が適法に大麻を用いた医療を受けることを禁止している大麻取締法第4条1項3号は違憲である。
次に、医師が処方できるのであれば、自ら治療を試みることは、(その違法性は低いだろうが、)処罰されるべき場合がないとは言えない。
しかし、現行法では、医師が、治療として大麻を使用することは禁止されており(大麻取締法第4条1項1号、2号)、医師は、およそ大麻治療を行うことは できない。ちなみに、大麻取締法第5条は、大麻取扱者の免許を規定しているが、これは、同法第4条1項との関係で、医師が治療のために大麻取扱者となるこ とは許されていないと解されるものである。
もっとも、被告人が、本件において被告人に適用されていない大麻取締法第4条1項の違憲性を主張できるとされる理由を明らかにしなければならない。
最高裁判所は、第三者の違憲主張を認めている(最(大)判昭37.11.28.刑集16.11.1593p.「いわゆる第三者所有物没収事件」)。これ によると、「(第三者の所有物の没収は)被告人としても占有権を奪われること、所有者から賠償請求をうける危険があること」などから、被告人も第三者の憲 法上の権利を主張する権利を認めるべき「利害関係」があり、被告人が第三者の憲法上の権利を主張できるとしている。
これを被告人についてみると、被告人は、大麻取締法第4条1項がなければ、適切な大麻による疼痛治療を受けて、末期のがん患者が受ける激烈な痛みを緩和 することができるという占有権を奪われることに勝る重大な利益があるものであり、しかも、その治療を受けないことによる不利益は、激烈な痛みとともに死亡 するという民事的な賠償請求に勝る不利益がある。
すなわち、判例から見ても、本件被告人が第三者である医師が主張するべき違憲主張をする適格があるものとみられなければならない。
まして、第三者の違憲主張をする適格性については、日本国憲法の母法である米国憲法の分析の下、「第三者が自らその権利を主張しえず、または主張するこ とが極めて困難であるという事情の存する場合には」、訴訟当事者にその第三者の権利を主張することを認めることができ、その例としては、「訴訟当事者が申 し立てている損害が同時にまた第三者の憲法上の権利を奪うような性質のものである場合とか、訴訟当事者と第三者との間にある種の実質的な関係のあるような 場合(例えば、医師と患者との関係のような専門職業的関係)」には、訴訟当事者でない者が、第三者の憲法上の権利を主張できるとしている。
この点から見ても、本件では、大麻治療に関して、被告人とその治療をする医師とは、医師と患者というような専門職業的関係にあり、しかも、医師は、大麻 治療を行うことそのものが刑罰に触れるのであるから、およそ医師から大麻取締法第4条1項の違憲性を主張することが極めて困難である状況にあるということ ができる。
したがって、本件では、被告人が、大麻治療を希望する数多くの医師に代わって、その憲法上の権利である大麻治療を行う権利を、医師らに代わって主張し、大麻取締法第4条1項の違憲性を主張することは当然できるものと言わなければならない。
そこで、その点(大麻取締法第4条1項の違憲性)を検討するところ、医師には、患者の治療を主に行うものとして、患者の有する「適切な医療を受ける権利」に対応して、医師にも、患者に対して適切な医療を行う権利があるものと言わなければならない。
もちろん、すでに述べたように、適切な医療は、国会による裁量に従って、医師法、薬事法等の規制法律に従って行わなければならないのが原則であるが、こ れらによると、大麻治療のように、現在規制されてはいるが、自らの研究結果によると患者に著しい害がなく、しかも、第三者に害を与えることがないような方 法での施用ができる治療を、患者の求めに応じて実施する権利があるといわなければならない。
しかるに、かかる憲法上の権利を無視して、国会およびその裁量を受けた厚生労働省は、「医療上特にその必要性が高い医薬品、医療機器及び再生医療等製品 の研究開発の促進のために必要な措置を講ずる」義務を負うにもかかわらず、医師に、治療はおろか研究すら許していないものである。
すなわち、大麻取締法第4条1項も、憲法第13条、同第25条に明らかな「適切な医療行為をおこなう権利」に違反するものである。
4 本件における被告人の大麻所持の事情
憲法判断をするにおいて、本件の事情は重要である。いい加減な理由で医療目的での大麻の使用を禁止したことで、国民がどのようなひどい立場におかれているかを知るには、被告人の置かれた状況を理解しなければならない。
医療目的の大麻の使用を認めたとしても弊害が大きくないことは、現実に被告人がとった行動を見れば明らかである。
被告人は、自らの悪性腫瘍(ガン)を治療し、疼痛を緩和するために、大麻を栽培し、これを所持し、さらに、摂取したものである。
大麻には抗腫瘍効果があるうえ、他の疼痛緩和のための薬剤が有する副作用による心身へのダメージを避けるために被告人は大麻の吸引が優れており、必要であると判断したものであった。
大麻による疼痛治療を選択した理由は、それを使用したとしても、自らを含む誰に対しても迷惑をかけることがないこと、大麻には、疼痛緩和の薬効があることを知ったことからであった。
すなわち、被告人は、自らの悪性腫瘍を改善し、末期に生ずる激烈な痛みを、より安全な薬剤を用いて、しかも、他人に迷惑をかけないことをよく知ったうえで、これを施用するために所持していたものである。
被告人は大麻を他に譲渡せず、ひたすら自己の病のために使用したのである。公衆衛生に悪影響は微塵も与えていないのである。
この被告人に対して、大麻取締法第24条1項を適用することは、憲法に定める国民が医療を受ける権利に違反して無効であるといわなければならない。
また、もちろん、被告人は、医師が治療をしてくれるのであれば、それに従う意思が十分にあったが、そもそも医師が大麻を用いた治療を行うことは、刑罰を受 ける可能性があり、これを行ってもらえなかったもので、被告人として、医師が有する大麻治療を行う権利が、大麻取締法第4条1項に違反することを主張する ものである。
第13 結論
以上から、本件においては、① 被告人の病状の現況を簡潔に説明したうえで、この病状については、現代医療では治療が不可能であること、疼痛緩和(末期が ん患者にとっては、疼痛緩和は死活問題である。)が必要であることを明らかにし、② 疼痛緩和治療のためには、大麻が安全かつ有効であること、③ 大麻 は、現行法においては、その使用、譲渡等すべての行為が(許可を受けた者以外について)すべて禁止されているが、この禁止には、現在においてはいかなる立 法事実もなく、したがって規制の合理的な理由がなく、却って、すでに述べた国民が適切な医療(治療)を受ける権利を侵害しており、違憲無効であることを明 らかにする。
ここから、当然、末期がん患者である被告人が疼痛緩和のために大麻を使用した本件において、被告人は無罪であると主張するものである。
以上