大麻取締法 法の改正と中身

  急速に進展するアメリカの医療大麻合法化と、製薬業界の世界的新薬開発競争という現状をみれば、日本でも大麻取締法が改正されるのは時間の問題であるといえる。
  大麻の医療的施用を禁止している現在の大麻取締法が人権侵害の憲法違反であるという議論は、政治家には受け入れられやすい。特にこれまで言われてきたような大きな害がないことが、アメリカの患者らによる事実上の臨床試験を通して明らかになるにつれ、日本の政治家が、一定の条件をつけて合法化することに反対する合理的な理由はなくなる。政治家は必ず動く。
  しかし、政治家が法律を変えても、実際に運用するのは厚労省の官僚である。彼らは改正大麻取締法の運用に関して、一定の裁量権を持っている。つまり、法の基本的な枠組を超えない限り、法律の解釈や規則を決定できるのである。
  「法律」で細かく定めてしまうと、それを変更するには国会審議が必要になり、手間がかかる。「法律」の下には「政令」があり閣議決定が必要だが、「省令」なら省内で審査、決済するだけで済む。つまり厚労省のさじ加減で好き勝手に決めることが可能なのである。
  例えば、国会で4条を廃止して、「医療目的の場合は使用が認められる」となったとしても、厚労省が「製薬会社の医薬品となって流通する場合に限る」とか「国公立の病院に入院している患者を対象とする」などという条件をつけることも可能なのである。
  欧米の医療大麻合法化の主旨は、「医療上の必要性から、未承認のものでも、人道的な観点から使用を合法化する」というものだが、日本で法を改正しても、欧米の現状とはかけ離れたものになる恐れが強い。
  なぜなら官僚という権力機構は、政治家の権限を抑え、みずからの組織の権限を大きくしようとする性質があるからである。日本では特にその傾向が強い。
  司法(最高裁)は「大麻取締法は国会が裁量権で決めたものだから、最高裁としては違憲審査をする必要はない」という理由で立法(国会)に責任をなすりつける。それで喜ぶのは、大麻規制によって生じている既得権益を守れる行政(厚労省官僚)である。でたらめな大麻情報を流しつづける「麻薬覚せい剤乱用防止センター」には多くの官僚が天下りしている。
  製薬会社はこれまでにない医薬品としての可能性をもつカンナビノイド(大麻の有効成分)の研究、特に臨床試験が可能になるように法が改正されることを本心では望んでいるが、大麻に触れることがタブーとなっているので言い出せないでいる。また製薬会社としては、合法化は製薬会社の利益に反しないものであることを望んでいる。例えば欧米では認めている患者による自宅での数量限定の栽培には、絶対に反対の立場であると考えられる。
  仮に政治家が医療大麻合法化を決めても、厚労省がみずからの「省益と製薬会社の利益」を優先させるような形に、法の運営を省令で制限してくる恐れが非常に強いのである。
  その理由は、「医療用に例外的に認めているにすぎず、大麻そのものは有害で恐ろしい薬物であることに変わりはない」というものになるはずである。

 

  欧米における西洋近代医学が大麻を例外的に使用することを認めているのは、大麻が医療的に著効があるにもかかわらず、有効成分の分離や臨床試験から承認へという西洋医学的手続きの範疇におさまりきらないにもかかわらず、大麻そのものは有害で恐ろしい薬物ではないという認識に基づいていると考えられる。大麻にアヘンのような依存性があったり、青酸カリのような致死性の高いものであったら、どんなに医療効果があっても、欧米諸国で例外使用を認めるという動きにはなっていない。

 

  大麻は依存性、耐性上昇がほとんどなく、実質的致死量もなく、ほかの医薬品と比べて治療の障害となる副作用もほとんどなく、しかも日本に昔から生える自然の草で、貧しい人々にとって最も安価で、効果の幅の広い民間薬である。
  大麻ががんや慢性の難治性疼痛や難病などほかに治療法の限られる疾患に効果が期待できるというのは当然ではあるが、医療大麻合法化にあたっては、大麻は有害性が極めて小さく安全性の高いものであるという認識がともなっていなければならない。
  でないと医療大麻合法化は、官僚と製薬会社によって都合のいいように歪曲されてしまうからである。
  私の恐れが杞憂であることを望む。

 


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