危険ドラッグと大麻の関係

(カンナビノイド受容体システム)

 

  「危険ドラッグ」と大麻は無関係と思っている人が多いが、実は非常に関係が深い。
  これを理解するには、人体のカンナビノイド(大麻の有効成分)受容体システムのことを理解しておかねばならない。
  受容体とは細胞の表面にある鍵穴と考えればわかりやすい。人体は必要があったとき、この鍵穴にはまる鍵を作る。この鍵が鍵穴にはまって、細胞がそれぞれ持っている機能を発揮する。例えば、血糖値を下げる必要があると、鍵が作られて、その鍵がすい臓の細胞の表面にある鍵穴にはまって、細胞がインシュリンを製造するのである。人体は鍵をつくる能力を最初からもっていて、この鍵を内因性リガンドと呼ぶ。この鍵を受け容れるという意味で、細胞表面にある鍵穴を受容体(レセプター)と呼ぶ。
  事故で怪我をしたとき、しばらくは痛みを感じないのは、人体がモルヒネ様の化学成分(内因性リガンド)をつくり、それがオピオイド(モルヒネ)受容体に結合し、鎮痛作用を発揮するからである。これは痛みを抑えている間に、事故現場から急いで避難するとか、どう対処すればいいかを考える時間的余裕を、人間に与えるためのものである。しかしその鎮痛作用は時間とともに弱まり、今度は強烈な痛みが襲ってきて、人体に危険が迫っていることを警告する。その痛みは原因が取り除かれるまで続き、危害が大きいほど痛みも強い。
  「骨が折れたようだ。救急車で病院へ行かねばならない」と頭でわかっても、折れた部分が治らないと痛みは続く。このとき、病院では人体がつくるモルヒネ様化学成分のかわりに、それと似たモルヒネを注射して、痛みを緩和してくれる。やがて、治療によって患部が治癒し、痛みがとれ、鎮痛剤も必要がなくなるという仕組みである。
  モルヒネにはオピオイド受容体があるが、大麻(カンナビノイド)にはCB1とCB2という受容体があり、最近はほかにも発見されている。
  THCの受容体(CB1)は神経系細胞に多く、海馬、大脳基底核、脳幹、脊髄などのほか神経伝達システムにもかかわっている。大麻を吸うとリラックスしたり、不安が解消したり、多幸感を得るのは、THCの作用による。短期記憶や判断力、方向感などが弱くなることもある。しかしそれらは一時的なもので、記憶力が長期にわたって障害されることはない。
  ところでこのCB1はTHC以外にも、THCに似たものも受けいれてしまう。つまり化学的に合成されたものでも受けいれる。

 

(危険ドラッグ)

 

  大麻に含まれるカンナビノイドに300種以上あり、今のところ、そのうち60種類ぐらいが、化学構造式が解明されている。
  成分の化学構造式が解明されると、成分を化学的に合成することも可能になる。THCも化学的に合成することが可能で、その結果できたのがドロナビノール(商品名マリノール)である。化学的に合成したTHCを危険ドラッグと呼ぶなら、マリノールは「危険ドラッグ」のひとつである。ただ、臨床試験を通して合法化され、がん治療で嘔吐抑制剤として利用されている点が異なる。
  化学的に合成されたTHCは、天然の大麻より強い精神効果を発揮するものもある。もともとは医学的必要性から開発されたもので医療効果もあるが、しかし、医療用としては使いにくく、マリノールとセサメット以外には医薬品として承認されていない。
  化学合成THC「危険ドラッグ」の摂取によって病気になるかどうかはわかっていない。しかし、天然の大麻に含まれるTHCの数十倍かそれ以上の精神作用のあるものが多く、しかも市販されているものは質や量が業者によって異なり、摂取量に比例して強力な精神作用があらわれる。それが「危険」な状態をもたらすのである。
  現在、危険ドラッグとして年間100人以上の死者をだしている物質は、当初は「スパイス」と呼ばれていた。スパイスの原料はヨーロッパで密造されたもので、効果は大麻と似ている。経験者によると、「よく似ているが、翌朝気分が悪い」などそれほど評判がよくなかった。やがて「改良」されて、次々と新しい商品が発売されるようになった。

 

(ヨーロッパにおける流行と衰退)

 

  2000年代初頭、スパイスは日本やヨーロッパで「合法」という触れ込みでインターネットを中心に販売され、問題になった。しかし、ヨーロッパではスパイスが大麻の精神効果を強化した合成THCにすぎないとわかるにつれ、姿を消した。ヨーロッパでは大麻(マリファナ)が医療用だけではなく、嗜好品としても非犯罪化がすすんでおり、あえて合成カンナビノイドを購入する必要はないからである。
  しかし大麻が厳しく規制されている日本は、事情が異なった。アメリカのテレビ番組CNNは、「日本の危険な問題:合成マリファナ」の流行を報道したが、「日本の特殊事情」であって、少なくとも、日本も欧米と同じ問題で悩まされているという扱いではなかった。
  欧米では下火になったが、日本ではマリファナは吸いたいが、刑罰が重いので、合法のケミカルドラッグ(脱法ドラッグ、危険ドラッグ)で我慢しようという風潮があり、新商品が輸入販売され、規制当局とのいたちごっこが続いた。しかし非合法化したからといって、マリファナより罪が軽く、しかも価格が安いとなれば、規制にはこれまで以上の効果が期待できるとは考えにくい。
  さて、スパイス系の「危険ドラッグ」で年間100人以上の死亡者がでたという事実は、マリファナの危険性を証明するものではないのか?大麻で死んだ者はいないというのは嘘なのか?
  スパイス系ドラッグの危険性は、化学合成THCしか含まれていないという点である。天然の大麻には300種以上の有効成分が含まれており、しかもそれらの成分が相互作用することにより、より効果的で安全な作用を発揮する。例えば、天然の大麻にはTHC以外にCBDという成分が含まれているが、このCBDはTHCの精神活性作用を抑制する作用をもっており、使用者のほとんどは、大麻を一定量以上摂取すれば眠気に襲われて、ぐっすり眠ってしまうのである。
  しかし合成THCではこのCBDの抑制作用がなく、THCの精神作用がどんどん強くなる一方で、自分のしたことを覚えていないとかシェシェシェノシェというような事故を起こしたりするのである。
  アメリカでは合法のマリノールより、天然の大麻(州によってはまだ非合法)を好む患者のほうが多い。大麻は吸えば数分で効果がわかるので、適量がわかりやすい。アメリカの医療大麻合法化が天然の大麻(マリファナ)の合法化であることをみても、多くの患者が天然の大麻が効果的だと考えているということがわかる。
  大麻 のリラックス、抗不安、多幸感、味覚・聴覚神経の鋭敏化、想像力の増強などを求める人たちにとって、量と質と薬理作用が明確でない危険ドラッグは危険であ る。使用者本人だけでなく、他人にも被害を与えるのだから最悪である。覚せい剤でも年間100人の死者はでていない。 

   この危険ドラッグの解決策はひとつしかない。大麻を一定の規制をつけながら合法化してしまうことである。大麻の過剰摂取で死んだ者はいない。大麻による 二次犯罪(暴力事件など)の例も極めて少ない。一方、大麻を求めて危険ドラッグを摂取し、死につながった者は100人以上いる。
  この100人という数字を大きいと考えるなら、大麻を欧米並みに非犯罪化するしかない。たった100人と考えるなら、現状のままでいいということになる。

 

 

 

 

[画像:左] 天然大麻に含まれる「THC」の化学式
[画像:右] 化学合成されたTHC「HU210」の化学式

 

 

 

 

 

    (参考文献)
    ウィキペディア 「脱法ドラッグ」
    EMCDDA 「化学合成カンナビノイドとスパイス」(英文)

 

 

[動画] CNN 「日本の危険な問題:合成マリファナ(SYNTHETIC MARIJUANA DANGEROUS PROBLEM IN JAPAN)」

 


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